以前の記事「複利計算の基本 — 単利との違いからCAGR・XIRRまで」では、資産を「積み上げる」側の話をしました。複利の力を使ってコツコツ資産を増やしていく——これはもちろん大事なのですが、いつかは「貯めたお金をどう使うか」を考えなければなりません。
積立投資を続けていると、ふと疑問が浮かびます。「このお金、いつまで持つんだろう?」「毎月いくらずつ使えばいいんだろう?」。自分自身、運用を始めてみたものの、どれくらい貯めれば何歳まで持つのか、まったくイメージできていませんでした。
そこで、老後資金の出口戦略ともいえる「取り崩し」の基本的な考え方を整理しつつ、シミュレーションで具体的な数字を確認してみることにしました。
資産形成期と取り崩し期の違い
資産運用には大きく2つのフェーズがあります。
資産形成期(積み上げる時期)
働いている間に、毎月の収入から一定額を投資に回す時期です。時間を味方につけて、複利の力で資産を増やしていきます。
- 収入がある: 毎月の給料から定額を投資できる
- 時間が長い: 20〜30年の長期スパンで運用する
- 下落はチャンス: 価格が下がっても、安く買えるとポジティブに捉えられる
取り崩し期(使う時期)
退職後やセミリタイア後に、積み上げた資産を取り崩して生活費に充てる時期です。資産形成期とは状況がまったく異なります。
- 収入が減る、またはなくなる: 資産の取り崩しが主な収入源になる
- 資産が減っていく: 毎月お金を引き出すので、運用しつつも残高は減少する
- 下落がダメージになる: 資産が減っているタイミングでの暴落は回復が難しい
取り崩し期の暴落リスク
特に注意したいのが、取り崩し期における暴落の影響です。たとえば3,000万円の資産から毎月15万円を取り崩しているとき、株価が30%下落したら資産は2,100万円まで減ります。それでも生活費は引き出し続けなければなりません。
資産形成期なら「安く買える」と前向きに捉えられた下落が、取り崩し期には大きな脅威になります。これをシークエンス・オブ・リターン・リスク(収益の順序リスク)と呼びます。
取り崩し戦略の比較 — 定額法・定率法・定口数法
取り崩しの方法にはいくつかのアプローチがあります。代表的な3つを見てみましょう。
定額法
毎月(または毎年)決まった金額を取り崩す方法です。
- 例: 毎月15万円を取り崩す
- メリット: 生活設計がしやすい。毎月の収入が一定なので家計が安定する
- デメリット: 相場が悪い時期にも同額を引き出すため、資産の減りが早くなるリスクがある
もっともシンプルで分かりやすい方法です。「毎月いくら必要か」が明確な場合に向いています。
定率法
資産残高に対して一定の割合を取り崩す方法です。
- 例: 資産残高の4%を毎年取り崩す(3,000万円なら初年度120万円)
- メリット: 資産が減れば取り崩し額も減るので、資産がゼロになりにくい
- デメリット: 毎回の取り崩し額が変動するため、生活費の見通しが立てにくい
理論的には資産が枯渇しにくい方法ですが、相場が悪い年には生活費が大幅に減る可能性があります。
定口数法
投資信託の口数を一定数ずつ売却する方法です。
- 例: 毎月10,000口ずつ売却する
- メリット: 定率法と同様に資産の枯渇を防ぎやすい
- デメリット: 基準価額によって受け取れる金額が変動する
投資信託を直接運用している場合に使いやすい方法です。
3つの戦略の比較
| 定額法 | 定率法 | 定口数法 | |
|---|---|---|---|
| 取り崩し額 | 毎回一定 | 残高に応じて変動 | 基準価額に応じて変動 |
| 生活設計のしやすさ | ◎ | △ | △ |
| 資産枯渇のリスク | あり | 低い | 低い |
| シンプルさ | ◎ | ○ | ○ |
どの方法が最適かは、生活スタイルや他の収入源(年金など)によって変わります。実際には、定額法をベースにしながら定率法の考え方で上限・下限を設ける、といった組み合わせ方も有効です。
4%ルールとは
取り崩しの話題で必ず登場するのが4%ルールです。FIRE(Financial Independence, Retire Early)の文脈でもよく引用される考え方です。
4%ルールの概要
4%ルールとは、「資産の4%を毎年取り崩せば、30年間は資産が枯渇しない可能性が高い」という考え方です。1994年にファイナンシャルプランナーのWilliam Bengenが提唱し、1998年にトリニティ大学の研究者が発表した論文(通称「トリニティ・スタディ」)で体系的に検証されたことで広く知られるようになりました。
具体的に言うと:
- 退職時の資産が3,000万円なら、初年度の取り崩し額は120万円(月10万円)
- 翌年以降はインフレ率に合わせて取り崩し額を調整する
- 株式と債券を50:50で運用する前提
実際に当サイトのシミュレーションツールで試してみると、3,000万円を年4%で運用しながら毎月10万円(年間120万円=資産の4%)を取り崩した場合、資産は枯渇しないという結果になりました。毎月の運用益が取り崩し額を上回るため、理論上は永続的に取り崩しを続けられます。
4%ルールの注意点
4%ルールは便利な目安ですが、万能ではありません。
- アメリカの過去データに基づいている: 米国株の過去のリターンが前提なので、日本の投資環境にそのまま当てはまるとは限らない
- 一定リターンを前提にしている: 実際の相場は年ごとに大きく変動し、暴落のタイミング次第では30年持たないケースもある
- 将来のリターンは不確実: 過去のリターンが将来も続く保証はない
それでも、取り崩し額の「目安」として知っておく価値はあります。「自分の資産でどのくらいの取り崩しが可能か」の出発点として、4%ルールは十分に役立ちます。
4%ルールで必要資産額を逆算する
4%ルールを使うと、「毎月いくら必要か」から逆算して必要な資産額を計算できます。
必要資産 = 年間の取り崩し額 ÷ 0.04たとえば毎月20万円(年間240万円)を取り崩したいなら:
240万円 ÷ 0.04 = 6,000万円6,000万円の資産があれば、理論上は30年間にわたって毎月20万円を取り崩せる、という計算になります。もちろんこれは目安であり、実際には相場の変動やインフレの影響を受けます。
シミュレーションで資産寿命を確認する
理論を知るだけでなく、自分のケースで具体的にシミュレーションしてみることが大切です。当サイトのシミュレーションツールで実際に計算してみました。
資産3,000万円は何年持つか?
以下の条件で試してみます。
- 保有資産: 3,000万円
- 想定利回り: 年4%
- 毎月の取り崩し額: 15万円(年間180万円)
結果は27年7ヶ月。取り崩し総額は約4,952万円で、そのうち約1,952万円が運用益です。65歳で取り崩しを始めたなら92歳まで——平均寿命を考えると、ギリギリかもしれません。
では、取り崩し額を月12万円に減らしたら? 資産寿命は44年11ヶ月まで伸びます。月3万円の差が、資産寿命を17年以上も延ばすのは驚きです。
資産2,000万円から毎月いくら取り崩せるか?
逆のアプローチも試してみます。
- 保有資産: 2,000万円
- 想定利回り: 年3%
- 取り崩し期間: 30年
この条件だと、毎月取り崩せる金額は約84,321円です。30年間の取り崩し総額は約3,036万円となり、そのうち約1,036万円が運用益です。取り崩し期でも運用を続けることで、元本の1.5倍以上を受け取れる計算になります。
利回りの差がどれだけ影響するか
同じ2,000万円・毎月10万円の取り崩しでも、利回りによって資産寿命がまったく違います。
| 想定利回り | 資産寿命 |
|---|---|
| 0%(運用なし) | 16年8ヶ月 |
| 3% | 23年2ヶ月 |
| 5% | 35年11ヶ月 |
運用しない場合と年5%で運用した場合で、資産寿命に約19年もの差がつきます。取り崩し期にも運用を続ける効果は非常に大きいことが分かります。
まとめ
- 資産運用には**形成期(積み上げ)と取り崩し期(使う)**の2つのフェーズがある
- 取り崩し期は収入がない中で資産を切り崩すため、暴落リスクへの備えが必要
- 取り崩し戦略には定額法・定率法・定口数法があり、それぞれメリット・デメリットがある
- 4%ルールは取り崩し額の目安として知っておくと便利
- シミュレーションで具体的な数字を確認し、自分に合ったプランを考えることが大切
- 当サイトのシミュレーションツールで積立と取り崩しの両方を試してみよう
お金を「貯める」話はよく聞くけど、「使う」ほうの戦略って意外と盲点だよね。あたしも漠然と「貯めればなんとかなる」って思ってたけど、利回りの差で資産寿命が19年も変わるのはびっくりだったな! 4%ルールとか定額法・定率法とか、知っておくだけで将来の安心感が全然違うんだ。まずはシミュレーションツールで自分の数字を入れてみて、資産がどのくらい持つか確かめてみよう!